山一證券野澤正平元社長の現在は?実はいい人!?社員のその後は?

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#爆報!THEでフライデー#山一證券野澤正平元社長の現在は?

山一證券が野澤正平元社長が1997年(平成9年)11月24日に開いた記者会見は話題になりましたよね。全ての責任は自分にあるとして、路頭に迷う社員を救おうと尽力した姿は経営者の鏡だと感じた方も多いと思います。そんな野澤正平元社長ですが、現在はどうなっているのでしょうか。社員のその後も含めて、山一證券倒産事件を詳しく見ていきましょう。

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野澤正平元社長とは

野澤正平元社長は、1938年4月3日長野県出身の実業家です。法政大学経済学部卒業後、山一證券に入社しています。

・1997年(平成9年)7月に山一證券の社長に就任
・4ヵ月後の同年11月に廃業

野澤正平元社長は、山一證券の社長就任後、4ヶ月で倒産に追い込まれたようです。たったの4ヶ月で何ができるんだという感じですが、この辺はちょっと同情します。

話題となった「社員は悪くありませんから!」

野澤正平元社長といえば、山一證券倒産の記者会見の席での「社員は悪くありませんから!」という発言が世界的に話題になりました。

私らが悪いんであって社員は悪くありませんから。どうか社員の皆さんを応援してやってください。お願いします。

1人でも2人でも皆さんが力を貸していただいて再就職できるように、この場を借りて私からもお願いします。

テキストで見ればクールな印象を受けますが、実際の記者会見の場では嗚咽と反省をこめた声色だったので、多くの人の同情と共感を集めました。

野澤正平元社長はいい人?

野澤正平元社長は、記者会見の席ですべてを経営陣である自分たちの責任であるとおっしゃっていました。そのため、いい人の可能性が高いです。

山一証券の倒産は、社長に就任してから4ヶ月後の出来事ということで、就任時にはすでに倒産することが確定していたのかもしれません。その証拠に20年後に開かれた同窓会では、当時の営業トップ永野さんも以下のようにおっしゃっています。

もっと早めにオープンにしていたら山一も解決できた。優秀な人がいっぱいいたので。

この同窓会では、野澤正平元社長も出席しており、しっかりインタビューにも答えられていました。

あっという間の20年だった。

振り返ってみると、あの涙の会見を悪くいう人も良くいう人もいるが私はあれは自分でも恥ずかしくない。あの涙には2つあって、7割が社員の事で頭がいっぱい、3割は社長になって頑張ったけれど駄目だったと悔し涙。

山一證券野澤正平元社長は、おそらくいい人です。

社長就任後も、山一證券は何とか立て直そうと頑張っていたことが伺えます。当時の営業トップが、もっと早めに公表していたら立て直せたといっていたので、社長就任時はもう手遅れだった可能性が高いですね。

もっと早く野澤正平元社長が就任していたら、山一證券は今でも存続している証券会社だったかもしれません。

野澤正平元社長のその後

野澤正平元社長は、山一證券倒産後も、経営者としての経験を活かし、さまざまな活動をされています。

山一證券の清算後には日産センチュリー証券社長およびユニコムグループホールディングス取締役副会長を歴任。その後は営業や経営の経験に基づき山一證券出身の企業家等の指導・教育をしているほか[1]、ピーアールコンビナート株式会社が主催する「評判づくり研究会」の運営顧問およびブレーン(マーケティング分野担当)を務めている。

野澤正平元社長の現在

野澤正平元社長は現在81歳です。現在も元気に仕事や私生活を楽しんでおられます。最近では2017年に当時の記者会見の場にいた記者の取材依頼に、丁寧に答えています。

野沢氏の決意は固く、取材はかなわなかったが、電話の最後に「野沢さん、いまもお元気でいらっしゃいますか」と尋ねた。「はい、おかげさまで何とかやっていますよ」と答えてくれた。明るく優しい声だった。

山一證券社員のその後

山一証券の社員の多くは、その後別の証券会社に再就職できたと言われています。

これは野澤正平元社長が記者会見の場で世間の同情を買っていたことも影響しています。

山一の破綻によって、従業員全員が解雇され、顧客や融資先などにも多大な損害を及ぼした。にも関わらず、山一では歴代社長職に東京大学や一橋大学の出身者が就任していたこともあり、その学閥でない法政大学出身の野澤の男泣きは、野澤だけではなく山一の一般社員に対する世間の同情を大いに集める結果となり、野澤や社員の再就職に際しては大いに貢献し、全社員が応じても余りあるほどの求人を受けたという。

山一証券の社員は、元々東京大学や一橋大学の出身者が多く、能力が高い人たちが集まっていたので、他の証券会社も喉から手が出るほど欲しかったのでしょう。ちなみに当時の社員の多くが、今でも野澤正平元社長に信頼と尊敬の念を抱いてるそうです。

世間の反応

嘘だらけで人まで死んでる今の政権を見ていると、山一証券を連想してしまうのは私だけ?破綻するまえにトップの交代をお願いします。

 

四大証券の一角の崩壊は、その後の日本の経済全体の衰退の始まりを象徴していたように思う。あの社長は、最後の最後まで倒産後の事後処理に携わり、彼の責任を果たした。

 

おはようございます☁️
1997年の今日。山一証券が自主廃業を決定しました。
「社員は悪くありませんから」
と号泣した映像が記憶に残っている方も多いと思います。
実際山一証券の破綻原因は何十年も繰り返された不正操作であり、あの社長にも責任はないものでした。

 

山一の野澤社長が話題?のようだけど、この違いは一体何なんだ。。。

野澤正平 山一證券社長(当時)
「私らが悪いんです、社員は悪くございません!」
秋草直之 富士通社長(当時)
「業績が悪いのは従業員が働かないからだ。」

 

前RT。山一證券の野澤正平社長ですね。あの人も悪いわけじゃなかったのに、可哀想だったな・・・。社長になったあとに巨額の簿外損失を知らされて、そのときは腰が抜けて椅子から立ち上がれなかったと本人が証言している。

まとめ:山一證券野澤正平元社長の現在は?実はいい人!?社員のその後は?

山一證券の野澤正平元社長は、社員とその家族の幸せを願った経営者であったことがわかりました。いろいろ情報を見てみると、社長就任当時は既に倒産することが決まっていた可能性が高いです。いい人だからこそ最後の火消し役に抜擢されたのかもしれません。今でも当時の社員から信頼を集めているそうで、イチローと共に理想の上司に抜擢される日も近いかも!?

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